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技術の功罪
 

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◆3rd.ROUTINE/転送装置

 「合言葉を言え。」
 エリーが小屋を3回ノックすると、そういうセリフが聞こえて来た。古典的方法だが、鍵を持ち歩いたりするより、いちばん確実ではある。
 「エッチでリッチなかーちゃんルビーせしめてフランスへ。」
 ちなみに、周期表ではない。
 「……合言葉を言え。」
 中からもう一度聞いてくる。間違えたのだろうか?
 「えっ、違う!?間違えてたのっ!?」
 「……合言葉を言え。」
 「だって、覚えてるとおりに言ったじゃないこのケチっ!」
 かなり怒った顔で、そのドアを蹴っ飛ばそうとするエリー。そのとき、
がちゃん。
 …なぜかドアは開いた。中には30代の男が1人。
 「……さあ、何そこで突っ立ってるのよ。入るわよ。」
 「なぁ、まさかさっきのが、ぜぇぇぇんぶ、合言葉なのか?」
 「そうよ、悪い?……最初の言葉が共通で、後の2つはメンバー全員に違う言葉とリアクションが割り当てられてるの。」
 「はっ……はあ……」
 もしここに侵入するために合言葉を聞こうとする奴が居たとして、1つ目は確かに合言葉だとわかるが、2つ目、3つ目、そしてリアクションまでがそれだとわかる奴はよほどの変人しかいない、という理屈である。
 「なんちゅう手の込んだことやってるんだ、こいつらは……」

……………

 「ずいぶんと外見が変わったようだが、どういうことだ。」
 先程のドア番が、パソコンのコンソールに向かってキーをたたきながらつぶやくようにして言ってくる。
 「実は(かくかくしかじか)あって、それでね。」
 少々苦笑いしながら、エリーは手短に事の次第を説明した。もっとも、それでも「かくかくしかじか」で済むわけがないほどの情報量だったのだが。
 しかし、たとえ苦笑いとはいえ、川原を完全に信用しきっているエリーとは対照的に、その男はかなり疑い深い表情をしながら振り返って、
 「なら……単純な話、こいつは敵だろ。」
がちゃっ。
 ふところから取り出したビームガンは、川原の胸部に向けられた。
 「機械を開発する技術者となれば、ほおっておくわけにもいかない。」
 「待てって。……オレは、人間の入れものにするための機械を作ってるんじゃなくて、人間に似せようとする機械を作ってるんだ。わかるか?こっちの世界の、機械化計画かなんだか知らないが、とにかくそういうフザけたのには全く関係ない!……たぶん。」
 「なら実際に、こういうふうに人間が入れるということを、どう説明する気だ。」
 エリーを指さしながら、その男。
 「言い掛かりだ!元々こんなふうに設計したわけじゃない!」
 「言い掛かりではない。事実だ」
 「やめなさい!」
 エリーは見かねて、凜とした声でその男を圧した。
 「だいたい、この人は何も知らずに、新しい技術が見つかったから使っただけのことだし、それに元はと言えばこっちの世界の技術でしょうが。」
 「……どういうことだ、元々はこっちの技術だってのは。」
 どうも内容がおかしいことに気づき、川原はいぶかしげに尋ねる。
 「そのまんっまの意味よ。」
 「んなこと言われてもわかるかっ!!」
 「んー……つまりね、こっちの世界からあんたたちの世界へ行った技術者がいる、といえば、わかりやすいんじゃないかな。」
 「そういう重要なことは早く言えっ!なんで隠してたんだよっ!」
 どんっ!と、机……がないので壁をたたいて激怒。
 「本当にこのことをしゃべってもいい人物か、ちょっと様子を見てチェックしてただけの話。でも、今さっき口を滑らせちゃったから、隠してもあんまし意味なくなっちゃったけどね。」
 情けない、呆れたという感じの男、いたずらをした子供と同類の表情のエリー、激怒と驚嘆がミックスジュースの川原。三者三様、しかし事実は1つ。
 「……ここまで来たら、わたしの身の証しもちゃんと立てとくから。いいでしょ?」
 エリーが視線を男に向けると、渋々男はうなづいた。
 「身の証し、って……レジスタンスのマルゴット・エリー。それで十分じゃないか。」
 「ちっちっち、甘い甘い。そんなの偽名に決まってるじゃない。」
 平然と、彼女はそう言い切った。
 「そんなうそ八百並べ立ててうれしいか?」
 「うれしくないから明かすんじゃない。まあとにかく、さっさと手短に言うと……わたしは葛野摩耶。」
 「はいはい、えっと、葛野摩耶、葛野摩耶……と。」
 メモ帳を取り出して、名簿を書き直す川原。つらつらと苗字を書いたところで、突然ハタと気がついた。
 「……ハイバラだとっ!?」

……………

 「なるほど、それでこいつを完成させたというわけなんだな…。」
 さっきの建物の奥の奥。
 割りに大きい部屋の中心に備えられた、巨大な、ストーンヘンジ小型板のような形をした装置を見上げながら、川原は言った。
 要するに、かいつまんで事情を説明するとこういうことだ。
 1年半前に向こうの世界に行った葛野智美という妹に会うため転送装置を作り上げた。
 ……何とも単純な動機だと思うだろうが、人間の動機なんてたいていこんなものである。
 「そういうこと。6個分用意した宝玉を正六角形の頂点に配置して、その円内に転送するための高エネルギー・フィールドを用意する。エネルギー量が規定量を越えると、空間に歪みが生じてめでたく転送完了、という仕組みね。」
 エリー改め摩耶が、その装置の中心へと歩を進めながら、一息で言い終えた。
 「なるほど、理屈はこっちへ来たときと同じだな。君が封じられてた1年のブランクがあった間に、さっきの門番の男が完成してくれていた、というわけか。」
 「そういえば、こっちへ来たときはどうだったの?」
 「……マナタイト鉱山の中でいろいろ物色してると、坑道のどんづまりの所で精製済みにしか見えない宝玉を見つけて、不思議だけどまあいいや、どうせならセットしてしまえってわけで、君の今の体の、その魔力機械にはめこんだ瞬間…」
 ほんの少し前、時間にして約30時間前のことだから、十分に覚えている。
 「まあ、たぶん、宝玉の中からわたしが解放される拍子に、高エネルギー波が出て、それがフィールドと同じ働きをしたんでしょ。」
 自分の体をまじまじと見て、勝手にふんふんうなずく摩耶。
 「……説明はこれくらいにして、早速その転送とやらを…」
 「……んじゃ、転送しちゃおっか。ほいっと。」
 摩耶がひとしきりカチカチと手にもったリモコンのキーをたたくと、
 ぉおおぉぉぉぉぉぉ………ん………
 うなり音を立てて、どうやら装置が動き出したようだ。
 6つの宝玉を結ぶドーナツ状のエネルギー・ビームが、ゆっくりと2人が立つ中心に向けて収束し始めた。
 と、同時に。
どぐぉぉんっっっっ!
 鍵が開いてるにもかかわらず、ど派手に爆薬で吹き飛ばして、スーツ姿の男とさっきの門番男が同時に現われた。
 「強制捜査要員だ。動くな。」
 「エリー!…じゃない摩耶!まだ転送しないのかっ!?急げってよ!」
 「予定どおりエネルギーレベルがあがってたらすぐに転送してるわよっ!予定どおりじゃないから手間取ってるのっ!どんな設計したのよあんたっ!」
 摩耶は門番男に罵声を浴びせかける。
 「こんな設計だ。」
 「…っ!」
 門番男が手に持つのは、転換宝玉。そして、6つあるうち、4番と書かれた宝玉固定フレームの中心には、固定されるべきものが無かった。
 「あんた…そんなことして、楽しい?」
 「あきらめておとなしく推進派に折れるべきだ。まあ、別にそのまま転送を実行しても一向に構わないが、転送を終えるだけのエネルギーが無いから、空間の狭間に封じられて死ぬことになるがな。」
 そう言い放つと、門番男は、捕まえようと足を進めた捜査要員をさっと抑えて、
 「あとはこちらに任せてもらおう。どうせおまえらもここを包囲しているのだから、別に構うまい?」
 目で挨拶を送り、向こうに消える捜査要員。
 「さて……素直に折れるもよし、転送を実行して死ぬもよし。二人で結論を出すまで、待たせてもらうよ。おっとその前に…」
 そう言って、男は真紅の宝玉を持つ手を振り上げた!
 「やめなさいっ!」
ぱりぃぃぃぃぃぃぃんっ。
 摩耶の言葉に反して、不可欠な6個の転換宝玉のうちの1つが、フローリングの床に粉になって消えた。
 「こうしないと、万が一強奪されると困るからな。」
 「……あんた……何で…」
 「何でと言われても困るなぁ…まあつまり、自分や社会の利益を考えた崇高な行動ということか。」
 その言葉を聞き、摩耶は、がくりと膝をついた。
 川原は、それを不思議そうに見つめて言う。
 「そんなところで何で落胆してるんだ、」
 「何でって、のんきなこと言わないでよ!あんただって今この時点で帰る手段を失ったのよ!エネルギーを供給するための宝玉が足りないとどうにもならないでしょうが!それとも時空の狭間で死に絶えたいわけ!?」
 「どうにもならない、って言うのは早すぎないか?」
 「…へ?」
 さらに川原は、門番男へと視線を向ける。
 「こっちは結論のほうは出た。」
 「ほう、これでも転送を試すつもりか。」
 すでに門番男は余裕の表情である。
 「…死んでも責任は取らんし、香典もナシだぞ。」
 「そこまで余裕があるなら、オレたちが何やってもいいわけだ。そうだろ?」
 「ま、せいぜい気が済むまでやれ。」
 「それじゃぁ、お言葉に甘えて…」
 と、川原は摩耶の持っていたリモコンに取っ付き、やおら何かを打ち込み始めた。
 「何をする気よ……あっ!」
 突然、あまりにも突然に、摩耶の体の胸部がぼんやりと輝き始めた。
 「わたしに何する気よっ!」
 「宝玉は6つ必要なんだろ?そんでオレたちは予備を用意していなかった。なら、手近にあるやつを利用するしか方法はないじゃないか。」
 「…ほえ?」
 どうも意味の取れないようなことを言われて、摩耶は一瞬きょとんとした。
 「…君のコアになってる転換宝玉を同調させる。君は…うーん、さしあたり、成功するように祈っといてくれ。」
 どうもキザっぽいが、川原はそう言って摩耶に少しほほえみかけた。
 摩耶、無言で首を縦に振る。

……………

 「エネルギーレベル、定格まで上昇…」
びばちぢぃっ!
 エネルギーを放出する摩耶の体に負担がかかり、限界に達した数ヵ所がきしみ、歪み、放電する。
 疑似神経回路を通してかなりの激痛が摩耶の意志に伝えられているはずだが、彼女は無言で耐えていた。
 「する気かっ!?」
 さっきまでふんぞり返っていた門番男が、電気に打たれたようにして立ち上がる。
 「何だかしらんけども、達者でな、裏切り男。」
 「死ぬぞ、本当に死ぬぞっ!」
 エネルギーレベルは、ゆっくりと、確実に定格まで近づきつつあったが、無論、それに比例して、摩耶への負担も重みを増す。
 「っ……ぐっ……」
どたっ…
 ついに立っているのもままならなくなり、摩耶は床に倒れ伏しかけて、隣の川原にその体を支えられた。
 「まだ……もつか?」
 「あんまりもちそうにないけど…大丈夫。」
 しかし、摩耶が強がりを言っているのは明らかだった。本体を支えるだけの力を失い、ただがくがくと揺れるだけの足、きしみの域を既に超えて、いやな音をしきりに立てて歪みかけている胴体…
 「乗れ。おぶってやる。」
 と言ってしゃがんだ川原の背中に、摩耶は強がりを言う暇もなく倒れこんだ。
 それを確認して、川原は足を持ってゆっくりと立ち上がる。
 エネルギーを計測する指針が、今しがた、定格を指した。
 「まさか……」
 そう言って呆然とする男を、川原は強くにらみつけて、
 「……収束!」
ぴっ。
 ボタンを押した瞬間、宙に浮いていたエネルギーの輪が一瞬で中心に収束した。
 そして、フィールド内全体が歪み曇ったように見えたのち…
 「ちくしょう、頼むからちゃんと転送してくれよっ…!」
hぎゅんっ!

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