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技術の功罪
 

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技術の功罪

◆1st.ROUTINE/開発経緯

 「……またかよ。」
 ホームページ版朝日新聞に目を通して、その男はため息をついた。
 『また違法改造屋を摘発』
 『魔力機械で人間論が変わるか?評論家の石上正氏との対談』
 新聞には、そういう文字が踊っていた。正確にはパソコンの画面上だが。ちなみにスポーツ誌を画面上で見ると、派手な色が多すぎてちらちらするそうな。
 「あーあ……」
 その男は、がちゃん、と背もたれにもたれかかった。
 現在の西暦は2035年。第5新東京市あたりができてそうな年代だが、残念ながらここは和歌山である。
 ただ、昔と異なり、彼の居る地域は先端技術産業がぼこぼこ立地し、アメリカのシリコンバレーも真っ青な状態だった。
 周囲を見渡すと緑の木々だらけのド田舎に見え、昔とろくに変わっとらんと言われると困り果てるが、この環境こそが先端技術にとって必須なのである(本当)。
 ただし、交通の便はぶっとぶほど悪い。
 「魔力機械で人間論が変わる、ねぇ……どうも解せない。そりゃ姿形は都合上人間に似せてあるにしろ、機械は機械、って割り切って使うのが普通だろうに。」
 彼は、画面に向かいながら一人言を言う。明らかにどの方向から見ても気味が悪い。
 「あーあ……何やってんだろーな…」
 …彼が今いるのは、相模原重工魔力機械開発部コンピュータルームA。要するにたくさんワークステーションが並んでいる部屋なのだが、この長過ぎる正式名称を言える奴は社内にも誰ひとりとして居ない。
 それじゃあ名前つけるな。
 「どんどん開発したところで、結局は昔の途方もない夢物語と同レベルだし…」
 説明を連発してみなさんご退屈になってきたところで、さっきの画面が切り替わり、今度は精密すぎて目がちかちかするような図面が現れた。よく見れば人間の体のように見えないこともない。すると、まさかこいつムフフ画像制作者か?だったら永久に軽蔑してやる。
 「何かっこつけてるのよ。あんただっていっつも開発してる魔力機械にいちいち名前つけて親しんでるくせに。それなのに夢物語がどーとかなんて批判する権利があるわけ?」
 「あ。バレてたか。」
 「バレてるも何も、その画面のすみっこを見たらわかるでしょーが。」
 隣の若い女性に指摘された場所には、なるほど『エリメトラVer.7.1』と書かれている。おそらく前半のカタカナ部分が、彼がつけた名前だろう。
 「それに、いちいち人型魔力機械の仕事ばっかり引き受けるってとこが解せないわね。」
 「ちょっと待てっ!解せないって、オレがこの分野担当してんのは入社してからずっとだろ!?お茶くみロボから始まって、なぜかレレレのおじさん等身大も開発させられて、やっとこさ『エリメトラ』シリーズを任されたんじゃないか。」
 言うまでもない。レレレのおじさん等身大とは、自動型玄関掃除ロボットのことだ。
 「さぁ、どうだか?体型デザインも引き受けてるあたり、かなりノメりこんでんじゃないの?初恋の人は魔力機械、とか!ふふふふふっ!!」
 「何だよそりゃ。一昔前のアニメじゃあるまいし。だいたいこのテの開発プロジェクトに編入されたのは、お前がちょうど入社したころじゃないか。何か関係でも…」
 「ほら、お仕事お仕事。社長さんの命令で、改良しなきゃなんないんでしょ?男心をつっつくようなセリフを吐かせるようにするとか。」
 何となくうまくゴマかされたような気もするが、ともかく男は画面の方に向き直った。
 「あんまし、想像したくないな、そういうのは……」

……………

 少々、世界観の説明に紙面をいただきたい。
 『魔力』という、何だかうさん臭いエネルギー資源が発見されたのは何とたった1年半前。少量でエネルギーを(パチンコ屋も真っ青なほど)大放出し、電気への変換効率もすこぶる良い。良すぎてたまに爆発が起こる。
 魔力機械とは、その魔力を使った機械の総称であり、相模原重工という会社はその中でもいわゆるアンドロイド類にすぐれた技術を持っている。現在、お手伝いさん型汎用魔力機械『エリメトラ』シリーズ……要するにさっきのヤツ……が売れてるらしい。
 元来機械関連にそこそこの技術はあったが、複雑な感情ルーチンを生成するための高速演算装置にエネルギーを十分供給できるようになったのは、魔力という分野が開拓されてからの話であるらしい。
 ……いやまあしかし、マニアの間でのみ売れてる、なんてことはないように願うが……。

……………

 で、時は移り、次の朝。
 「あれ?川原クン、どこに行ったか知らない?」
 女が同僚にたずねるが、ゆっくりと首を振るだけ。どうやら男の技術者の方は川原といい、今留守であるらしい。
 いつも四六時中低いうなり音を上げているはずの彼の高性能パソコンは、本日休業日。そして、そのモニタの上の端には、伝言の書かれたポスト・イットがぴらぴらと踊っていた。
 ──新作の名前でも考えとけ。──
 「ふーん……新しい魔力機械の名前を任せるなんて…ね。珍しい……」

……………

 さらに場所も移り、北海道・知床。
 朝5時ごろに寝床をむくむくと起き出した川原は、強烈な隈が目の下に出現したまま、これまた熊が出そうな知床の奥地に冒険の旅に……
 ではない。
 彼の場合、冒険より三度のメシと睡眠と魔力機械の方が153.7倍も好きだという体質のため、その確率は『無視できるほど小さい』。
 だから、無視する。
 彼の目的は、知床の硫黄山ふもとにある中規模の鉱山である。
 「ひさしぶりっす。」
 『硫黄岳鉱山開発総業事務所』という建物に、ゆっくりと入る。どうも汗くさい臭いが鼻をつく。いわゆる「オトコのにおい」というやつである。
 「……またあそこか?」
 受付のテーブルで、うつむいて何やら書き物をしていたオジサンは、そのまま川原に言う。
 「はい、まあ……」
 「言っておくが、最近、エネルギー反応がまた増えているようだ。火山活動ではないことは確かだが、一応……な。警戒警報が鳴ったらすぐに戻るんだ。」
 オジサンは、手近にあったヘルメットをひっつかみ、その上に薄いカード・キーを重ねて川原に突き出した。
 「…わかってますって。」
 それを受け取りながら、彼は言った。

……………

 硫黄岳鉱山が国立公園内にある(マジです)にもかかわらず採掘できるのは、産出する鉱石の特異性にある。
 マナタイトというそれっぽい名がつけられたその鉱石は、丹念に精製すると、紫赤色の透明な宝石になる。
 しかし、その宝石は鑑賞用ではない。残念ながらスイート・テン・マナタイトなるものは存在しないのだ。
 工業製品名で言うと、『魔力転換宝玉』……言うまでもない、例の魔力機械のエネルギー源である。
 これを介することで、うさん臭い魔力エネルギーなるものをおなじみの電気やら熱やらに変換したり、その逆もできるのだ。
 …うーむ、どうも地理の授業っぽくなってきたな。
 さて、川原はといえば、坑道を丸ごとふさぐドアの前に突っ立っていた。
 「…………」
 黒と黄色のタイガース塗装もといゼブラ塗装で縁取りされたそのドアには、真ん中に『立入禁止区域 危険』と赤で書かれてあった。その脇には消火器やら警報設備やらがわんさと備え付けられている。
 第7階層・セクター6。
 1年前の高エネルギー放射事件……理屈はとても簡単、要するに原因不明のエネルギー波ビームがここの奥から発射されただけのことである……以来、危険だからと封じられている地域ではある。
 彼は、その奥へと踏み込もうとしていた。

……………

 そのころ、地上の事務所では、1人の若い女性が受付係の魔力機械にどなり込みをかけていた。よほど慌てたか、研究用の白衣のまま、名札すらはずさず。
 魔力機械の方は、『エリメトラVer.4.1a2』、そして人間の方は言うまでもなく例の川原の相棒である。
 「あたしはここの責任者に会わせてって言ってるの!わかる?」
 「タダイマオデカケチュウデス。オデカケチュウノヒトニハアエマセン。」
 音声合成回路がチューニングされていないらしく、少々カクカクな声である。
 「……だからその人を電話とか無線とかメガホンでもいいからとにかく何か使って呼んでってさっきから言ってるの。わかってんの!?」
 「オデカケチュウノヒトニハアエマセン。」
 どうも話がかみ合っていない。
 ちなみに、現在の最新型でもこれに毛が生えた程度の知能しか持たないのだが。
 「…あー、まどろっこしー……川原の奴が思考ルーチンの改良をサボったからいけないのよ、ったく。」
 「…朝っぱらから、何だ。用がないならさっさと出てってくれ。」
 突然、さっきの川原と話していたオジサンが、入り口から入って来た。外でタバコを吸っていたらしい。
 「用があるから来たんじゃない。でないとこんな辺境なんかに…」
 「なら、用件は何だ。」
 うるさいとばかりに、オジサンは怒りを込めた大きめの声で言った。
 「……ここに、川原って人、来たでしょ。」
 「今出掛けている。」
 「で、さぁ。何か木箱に入ったでっかい荷物を預けていかなかったっけ?」
 「……川原の関係者か?」
 かなりいぶかしげな顔をして、オッチャンは尋ねた。
 「…相模原重工の、葛野智美。」
 こっちの方は、以降、智美と呼ぶことにしようか。
 「ああ、そうか。ならいい。えー…確かにあった。これだ。」
 オッチャンが指さした木箱は、『コワレモノ注意』『天地無用』『精密物品取扱注意』『ここでクソさすな』など、張り紙だらけであった。
 あんまりにも張り紙が多くて、木箱の板の隙間すら隠れてしまっている。
 「あと、とにかくこれを開ける道具を……」
 「…当人が先に中身を持ち出しているようだが?」
 「とにかくっ、中に他に何か置いてあるかもしんないじゃない。たとえば、図面とか、図面とか、図面とか…」
 魂胆が見え見えだぞ、智美。
 「……もしかして、川原の奴から図面を分捕るのが目的じゃないだろうな。」
 「当たりっ。」
ごんっ!!どおぉぉぉぉんっ!!
ビーッ!ビーッ!ビーッ!!
 「どうしたっ!?」
 突然、彼女のアホウな言動を狙ったかのように、大音響と大振動が響き渡る。たたりじゃーっ!…ではなく、どうやら地下施設の落盤か何からしい。
 「監視区域のセクター6です。振動の分析の結果、落盤ではなさそうですが…」
 ちっ、外れたか。まあいい。とにかくどこかで何かが起きたのだ。
 「…ただ。妙な点が。」
 「何だ。」
 「いえ、おそらくエコー観測装置のエラーだとは思いますが、5階から9階にかけて、半径15メートルにもわたる球状の空洞が……あるんです。」

……………

 見たところ、それは、どう考えても落盤ではなかった。その空洞の壁は、元来この辺りが硬い岩質であることも手伝い、かなり平滑な面になっていた。
 「……どうも、抜け上がった、というより、まるごとなくなった、って感じね。」
 川原を探すのも忘れ、呆然と空洞の天井をのぞき上げる智美。空洞が完全な球形であることからしても、ただの落盤とは考えられない。
 なら何なんだ。
 「残念ながら、川原君は見つからないようだが。」
 「これじゃあ、ね……。一瞬にして消滅したとしか言いようがないもの。」
 と言ってすぐ、どうもおかしいわと自分の言葉に頭をひねり、
 「…あ。もしかして、その、このへんって高エネルギー反応のため立入禁止にしてあったのよね。もしそのエネルギーがケタ違いに大きい、そう、天文学的レベルだとしたら、確かにこんなことも可能だわ……」
 ぶつぶつぶつ。
 ここが坑道内ということもあいまって、薄暗い中でかなりブキミな独り言である。コワいから勘弁してくれ。
 「何が可能なんだ。」
 「要するにね、何らかの高エネルギー源で、この周辺の空間がかなり不安定な状態になっていたところに、川原が来て何かをやった。するとエネルギーがさらに大きくなって、空間にひずみが生じ……」
 「その話でいくと、何か。つまり、丸ごと遠くへ瞬間移動したと。」
 「……おしいわ。」
 空洞の中央部に視線を向けながら、言葉を一度切って、続ける。
 「別の三次元世界に転送された、と言うべきね。」

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