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学園物語4 TERM 1
 

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第8章
 次の日。
 昨日言ってた「PTAに相談する」とかで、PTAの臨時総会が開かれるから短縮授業になった。
 みんなは喜んでるけど、あたいは何だか……沈み気味。
 シレスト先生がやめさせられちゃうのは、たぶん確実だから……。
 次は、セシーリア…じゃなく、シレスト先生の授業。
 そう、もうセシーリアなんて名前は、存在しないのよね……
がちゃ………ばたん。
 いつもらしくなく、ぼーっと席に座っていると、チャイムが鳴る前に、シレスト先生は入って来た。
 今日はもう、いつもの「校長の格好」で、「魔術士装備」じゃない。
 と、突然、クラスメートのみんなが、ごとごとと教室の外へ出始めた。
 あたいは、何してるの!と言ってみるけれど、わざと聞かないふりをして荷物をまとめ始めている。
 ちょっとその態度にカチンときたあたいは、手近なクラスメートをとっつかまえた。
 「あんた、授業サボる気!?」
 「だって……バケモノのやる授業なんか受けるな、って、親に言われたし、僕だってなんだか気持ち悪いし……呪われたらどうするんだよ……」
 こいつは全然話にならない。
 ふにゃふにゃのモヤシ男はほっといて、さらにもう1人。
 今度のはエリートっぽいメガネ男。
 「あんたも、授業サボる気!?」
 「魔術を学ぶには先生なんて関係ない。俺は高校はもっと上の学校をもう一度受験してみるつもりだから、先生を守るとかいう意味の無いたわむれごとをしている暇はない。」
 やっぱりこいつに聞いても無駄みたい。せいぜいエリート街道を驀進してくだされ、天才中学生様。
 ……そしたらやっぱり、女の子の方かな。
 「こんなことしたら、余計にシレスト先生、やめさせられちゃうわよ!」
 「あの先生が来てから変な事件が続いたんだから、やめさせられちゃえばいいの。」
 突然、何だかあたいは、頭をフライパンで殴られたようなショックを受けた。
 ……どういうこと……?みんな、こんな奴ばっかりだったの……?
 「何で?なんでみんなそんなことするのよ!ちょっとの間とはいえ世話になったんだから分かるでしょ、シレスト先生がそこらの怪物みたいに危害を与えたりなんかしないって!」
 あたいの言葉を無視して、ずんずんと出ていく。
 「それに、それに……怪物とかそんなんじゃなくて、優しかったじゃない!前のときの先生と比べても、学校中の先生と比べても、世界中の……、」
 言葉がつまった。
 最近経験していなかった熱さを、眼のあたりに感じた。
 「……世界中の先生と比べたって、分かるでしょ!心まで怪物じゃないのよ、怪物なんかじゃないのよ、ぜったい、ぜったい!ねえ、ねえぇぇ!」
 叫んでも、叫んでも、みんな出ていってしまう……
 それに、あたいのそばから去っていく先生の姿を見たような気がして、また悲しくなった。
 ほっぺは塩辛い水でべたべたになって、手は握ったまま、冬の空気で冷たくなって、ぶるぶるとふるえている。
 ふと、がたがたという騒がしい音がやんだ。
 すっかりぼやけた視界の先には、人の姿が見当たらなかった。
 「ねえって……言ったのに……みんなに………」
 「……ああ、言ったよ、真里は。ちゃんと言った。うん……」
 独り言のようなものを言いながら、隣に良昭クンが、並んで立っていた。
 「良昭クン……」
 「……まだ。最後のテはある。PTA総会には……生徒代表分の席が……2つある。」
 「だって……でも、総会って……いっぱい親が集まるんでしょ……勝ち目ないじゃない……」
 ぐすん、と、あたいは一度すすり上げた。
 「ああ。」
 「だったら……もう無理なのよ!何やったって無理だって!やめさせられちゃうのよ!ぜったい!」
 「お前らしくないな……もしお前だったら、総会を魔法で吹っ飛ばすとか、暴力に訴えて親全員を脅迫するとか、それくらいのことやるんだろ?」
 「でも!……そうやったって、よけいに、あたいはどうしようもない悪ガキだ、って噂が広まるだけでしょ!別にいくら噂されたってあたいは平気だけど、先生がいなくなるんだったら同じことじゃない!」
 「違う。」
 めちゃくちゃになりかけてるあたいを押さえて、良昭クンは静かに言った。
 「オレが言いたいのは、やれるだけやれ……ってことだ。それでないと、結果はどうあれ、先生に失礼じゃないか。……だろ?」
 あたいは、涙をごしごしとぬぐった。
 見えるようになった視界の中に、目に涙が少しにじんでいる、良昭クンの姿があった。
 「あ。男は泣いちゃいけないのよ、恥ずかし。」
 「うるさい。」
 と言うと、くるりと窓の方に顔をそらせた。
 「あーあ、泣いちゃった、泣いちゃった。」
 あたいだってどう考えてもえらそうなことは言えないはずなのに、いつのまにか良昭クンをちゃかしている。
 「全く、男ってだらしがないよね、ねえ先生?」
 答えがない。
 「先生?」
 振り向くと、シレスト先生は、黒板の方を向いて黙っていた。
 肩のところが微妙に震えている。
 「……ね、ほら、先生もうなずいてるじゃない。」
 良昭クンのほうにはそう言っておく。
 シレスト先生は苦しむべきじゃない。
 苦しむべきなのは、さっき教室を出ていった、ひとりよがりのバカたちだよ。
……………
 「……意見は出尽くしましたね?」
 議長役の教頭先生が、周りを見回しながら、遠慮気味に小さな声で言った。
 午後からの臨時総会は、かなりの荒れ模様であった。出だしに教頭が、本日の議題……すなわち、シレスト先生の処分について……を述べるやいなや、猛烈なヤジが辺りを飛び交った。
 「議題も何もありませんがな。バケモンはすぐ追放でっせ。」
 などと抜かした父親もいた。果ては国外追放だとまで言う人も出てきて、それが静まるまでには30分ほどを要した。
 だからはっきり言って、教頭の言葉は愚問にすらならない。
 「出尽くしたも何も、ないじゃない。そこらじゅうの人がみんな、シレスト先生は怪物で気持ち悪いからやめさせろとか言って、みんなでよってたかって少数派をいじめまわしてるだけじゃない!」
 『生徒席』に居た真里が、顔を紅潮させながっら言った。
 また会議室がざわつく。
 「いいかげんに止めろ、真里。そんなにお父さんに恥をかかせたいか?」
 近くに座っている真里の父が、慌てて真里をたしなめた。
 「お父さんだって……お父さんだって、そんなふうに言ったじゃない!」
 「……おまえたちのためなんだ。おまえたちのな……」
 「あたいたちのためなら、そんなこと言ってどうするのよ!」
 真里はすでに狂乱状態であった。泣きじゃくってはいないが、頭の中でいろいろなことが交錯して、誤ってぶちまけたゴミくずのように、ぐしゃぐしゃだったのだ。
 父は、そんな真里に、無情にも首を振って言った。
 「お前は、分かってない。」
 「分かってないのはお父さんのほうよ!」
 「……そろそろ、多数決を取りたいのですが……」
 教頭先生が、またも小さな声で言う。
 「馬鹿にしてるの!?あたいたちは議論しに……」
 「やめなさい……」
 真里が怒鳴りかけると、シレストがそれを阻んだ。
 「でも……」
 「……お聞きのとおり、」
 そこで突然言葉を切ると、シレストは立ち上がり、そして、
ばさあぁっ!
 「わたしは、このように、人間ではなく、Daemon(ダイモン)という別の種族…霊的存在です。」
 あの羽根をもう一度広げ、しっかりとした眼であたりの人を見回した。
 驚きの声が会議室を満たす。
 「でも、ただの一度も人間に危害を加えたことはありませんし、ましてや子供たちの教育の責任を放棄したこともありません、ということは、先ほどもお話ししました。……身分を偽ったことに関しては、今のところ理由は説明できませんが。」
 そして、会議室は静まり返った。
 「人間には、異質なものを区切って、自分達の領域からできるだけ遠ざけようとする性質があります。野生動物の危険にさらされていた時代の名残りで、仕方が無いのかも知れませんが、ただ、人間でないからと言って教師に向かないとするのは、誤りだと思います。」
 澄んだ声が、沈黙の中に響いている。
 「わたしの教育方針が正しいと言っているのではありません。新任なものですから、かなりずさんなところも多々見受けられると思いますが……。ですが、異質うんぬんで、嫌ったり、追い払ったりするというのは、『いじめ』と何ら変わりありません。自分の子を教育し、子の模範となるべき親が、そんなことでどうするというのですか。恥ずかしいとは思いませんか。」
 そこまで言い切った後、ひと呼吸おいて、シレストは座った。
 羽根を広げたままで。
 「……それでは……多数決に移りたいと思います……」
 教頭先生が、おでこの汗をせわしなくふきながら、さっきよりは少し大きめの声で言う。
 いいかげん、この険悪な雰囲気から抜け出たいという意志が、あからさまににじみ出ていた。
 「では…先生に対して解雇処分をすることに賛成の方は、ご起立下さい。」
がたがたがたっ。
 真里たち3人を除いた全員が、反射的に立ち上がった。
 どうやらシレストの発言で、さらに不評を買った模様である。
 「……………。」
 真里には、もう反論する言葉が無かった。人間不信にすら陥りかけていた。
 真里の父親は、その隣で満足げに立ち上がっている。
 「……賛成多数とみなし、この処分を確定いたします。」
 もはや安泰となった教頭は、初めて会議室の端まで聞こえるような声で言った。
 「それではいつものとおり、これより懇親会ということにいたします。皆さんご出席ありがとうございました。」
……………
 ぱちぱちぱち…という拍手の中、教頭先生は出入り口へと自信を持って進んでいった。
 シレスト先生がそこにつづく。
 初めての惨敗、しかも重要なところで……
 ここまで悲惨な敗れ方を経験していなかったあたいは、がっくりとうなだれながら、良昭クンに支えられて廊下に出た。
 ……ドアを閉めても、まだ親たちの話し声、笑い声が聞こえてくる。
 何だか敗者を笑う声のような感じがして、いやでいやで仕方がない。
 「何でなんだよ……」
 さっきからそれをぶつぶつとくり返す良昭クン。会議に臨む前の自信はすでに跡形もない。
 ……ん……?
 突然、一番前を行く教頭先生が立ち止まった。
 「こら、お前たち、こんなところで何している。授業は午前中で終わりのはずだぞ。」
 四馬鹿カルテット!
 あの馬鹿たち、こんなところに何の用よっ!
 「真里先輩、いますか。」
 「ああ、……おい。加藤。呼んでるぞ。」
 「……いちいちこんなとこに何しに来たの、もしかしてあたいのストレス解消サンドバッグになってくれるとか!?……なら許すけど…」
 「……先輩が苦戦するんじゃないかと読みまして……連れてきました。」
 そして、後ろの方に合図すると。
どたどたどたどたどたどたどたどた。
 後から後から、どんどん来るわ来るわ。
 なぜかあたいのクラスメートまで混じって、総勢何と200名くらい。
 「こんなに……」
 「先輩や後輩とかの家を回って、僕たちが説得して回ったんっす。で、考え直した人はまた別の人を説得しに行って……知らない間にこんなになっちゃいました。多すぎましたかね?」
 「バカ、こんなのに多すぎなんてないのよっ!」
 これなら……もしかしたら!
 「まだ親達はあの会議室に残ってるから!今から行って、議決をひっくり返してやる!」
 がぜん、あたいは勇気がわいてきた。
 こーゆーのは強引に数で押せばいいのよ、数で!
 「を、をいっ、ちょっと待て、待てと言っているだろうに!」
 教頭先生の必死の声を完全無視して、あたい以下総勢231名は、大会議室に突進した。
……………
 確かに、ちゃんと突進して、親達に再議決を頼みこんだ。
 けれど。
 「なんで……どうしてあんなわからずやなのよ!」
 あたいは、嘆きを通り越して怒り狂っていた。
 結局……大勢で突進したはいいけれど、全員が入り切らなかった。
 …じゃなくて、教頭先生が、『生徒代表は2人と決まっているから、いくら連れてきても議決に参加することはできん』と言って、親達もそれに流されて、結果、突っぱねられてしまったのだった。
 意外と言えば意外だし、あっけないと言っても確かにそう。何しろそれは一瞬のことで、あたいだってまだできれば夢だったって思いこみたいくらい。
 生徒みんなの力でシレスト先生を守り切ったんだ、って言ってみたかった……
 「学校は生徒が運営するものだって、アメリカとかでも言われ始めてるのに、これじゃーなー…」
 全部諦めて投げやりになった様子で、良昭クンが言う。
 「……あの231人分の署名集めれば?」
 「どうせあんなことだから、突っぱねて、はい、おしまい、だろうよ。」
 「でもさ、こんなことなんて。」
 「……生徒はまだ未成年だから、意見する権利なんかないように作られてるんだ。だろ?さっきの総会だって、生徒2人に親80人じゃ、おかざりにもなりゃしねえ。」
 今日の良昭クン、言葉がめちゃくちゃ汚い。
 …でも、どちらにしろ、あたいたち……もちろん、四馬鹿たちも、集まってくれたみんなも、何にもできないまま、結果の出ないまま帰らされたのだから……
 ぞろぞろと帰り道の坂を下っていくみんなの一番後ろで、あたいは地面を見つめながら歩く。
 「……こんなところで文句言ったって……」
 「……そうだな、確かに……そうだ。」
 こんなところで文句言ったって無駄なのよ。
 そう言うつもりだったけど、結局最後まで言葉は出てこなかった。
 「なんで、学校って、こんなとこなんだろうね。」
 「おおかたヒネた人間を育てるようにできてるんじゃないか?」
 「教頭先生だって、明らかに親の方を応援してるみたいだったし。」
 「そりゃそうだろ、シレスト先生が居なくなれば、あいつが校長になって給料・地位どーんとUP!…となるんだからな。」
 いやに今日の教頭先生の姿が、目の前に映って見えた。
 その腹の中は、たぶんイカスミスパゲッティー食べたみたいに真っ黒だろう。
 「……なんか……情けないよな……」
 あたいたちも大人になったら、あんなになっちゃうんだろうか。
 あんなふうに……
 「あたい、ちょっと恐い」
 「オレだって……」
 ふっ、と、顔を上げてみる。
 遠くを見るような眼をしてる良昭クンが、左に。
 そして、右端の方で、一人寂しく歩く人の影。
 「……先生……ねえ、先生?……もう……」
 「ええ、先ほど、自分から辞表を提出して来ました。」
 「そうなの……」
 たぶん、今のとおりいけば、これが最後の会える機会になると思う……
 「ねえ、今度はどこへ行くつもりなの?」
 「さあ……ただ、このままじゃ、確実に新聞に書き立てられたり、そうでなくても内部情報としてそこらじゅうにこのことが伝えられるでしょうから……居場所自体が、ないかもしれませんね。」
 「そんなことない!もしそんなことになっても、良昭クンって1人で住んでるからそこにかくまってもらえばいいじゃない!」
 「を、をい!そりゃ……まあ、先生ならいいけどさ……」
 「でしょ、良昭クンの方はあたいが許可とったからさ、ね?」
 「折角ですが……今度ばかりは、お断りします……良昭さんに迷惑かけたくありませんから。」
 いつものにこにこした顔で、でも、どこか深みのある眼で、あたいを見つめ返した。
 「………だって………」
 まだ全く納得いかないあたいだけど、やっぱり現実は現実。
 いつまでも夢を見てたら、それこそ話にならないバカになっちゃう。
 「……そしたらさ、ね、あたいの最後のお願い、聞いてくれたりする?」
 「………今わたしのできることでしたら、かまいませんが。」
 とにかく、最後になんとかして、区切りをつけたかった。
 「ね、あたいを連れてさ……あの羽根で空飛んでみせてよ。」
 そうして出た言葉が、なんとこれ。あたいとしたことが、何と。
 けれど。
 「かまいませんよ。……真里さんのことだから、もっとヒドいことを頼むものとばかり思ってましたけど。」
ばさっ。
 「ちゃんと、わたしの手につかまっておいて下さいね。」
 「はははは……真里らしいや。」
 「だって……あたい、舞空魔術苦手だから、空飛んだことないし。」
 笑う良昭クンを尻目に、あたいは先生の前へと歩いた。
 先生は、確かめるようにあたいの両脇から手をまわして抱きかかえた後、ばさっ、と、ひとはばたきさせた。
 ……あたいの体は、すうっ、と、宙に浮いた。

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