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学園物語4 TERM 1
 

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第6章
 帰り道のこと。
 あたいは、良昭クンと別れた後、家までゆっくりと歩いていた。
 ……何となく、いつもより寒い気もする……
 川の橋の上だから、そりゃ風がきついのかもしれないけど。
 ちよっと暗めの街灯が、あたりをたよりなく照らしてる。
 「こんな寒い日は、家に帰ってあったかいココアなんか飲むに限るよね…」
 誰に言うわけでもなく、あたいはつぶやく。
 もしかしたら、隣に良昭クンがいるつもりなのかも……
 そういえば、もう生まれた時からいっしょだったとか聞いてる。
 生まれた産婦人科もいっしょだし、幼稚園もいっしょ。小学校はもちろん、ついでにその縁は、汎世界魔法学園にかろうじて第2補欠合格、しかもビリケツ(あたい)とブービー賞(良昭クン)、なんてところにも現れてる。
 例の恋愛シュミレーションゲームのキャラ設定なんかクソミソに扱えるくらいの、筋金入りの幼なじみ、というわけ。
 ま、そのくせ、良昭クンが一人暮らししてる理由とか、わかんなかったりするけど。
 ともかく、だからこそ余計に、あんなバカ女キャラなんかに、良昭クンを取られちゃたまらない、というより、取られたらそれこそあたいの名折れだ。
 たぶん、これは恋とかいう高級なシロモノじゃないんだろうけど…
 何だかヤケに恥ずかしいことを考えながら、橋を3分の2くらいまで渡り終え…
ブチッ。
 突然、あたりの街灯が消えた。
 あたいのまわりには、ぼんやりとした夜空だけが残る。
 「停電、かな……?」
 よくある話だと思う。けど、関西電力のチラシは今日は入っていなかった。
 めちゃくちゃ乏しい三日月の光だけがたより。こういう時に限っては、あたいの視力がいいってことに感謝しなくちゃね…
 ふいに、背中に冷たい風を感じた。
 ……風の質が違う!?
 「何よっ!!」
 ぴょん、と、橋の欄干の方に飛びのいて、ひねりをかけて振り返る。
 たぶん何かいるんだろうけど、それが何なのか、っていうことまでは分からない。
 「……あたいに恨みがあるんなら出てきなさいよっ!」
ぱちっ。
 突然、街灯が灯った。
 「ふーん……今日も、あんたからお出まし?二次限仮想女。」
 うすぼんやりした光の中に、例のキャラが立つ。
 「わたしにはちゃんと、榛原美樹という名前があるの。」
 「んじゃ…美樹ちゃん、あたいから良昭クンを取ろうなんて65億年早いから出直してきなさいね。」
 「……………。」
 なるほど、確かに雪女に見えなくもない。悔しいけどあたいよりは顔立ちとかは整ってる。けれど、何だか冷たいというか、人間の感覚がない。
 たぶんこいつのことだから、同世代の女の子のエルフをいっぱい徹底的にしぼり上げて、数十人目くらいにやっとあたいにたどりついたんだろう。
 日本の10人に1人はエルフだっていうこのご時世に、ご苦労さんなことね。
 「何かしゃべりなさいよ。それとも、もうあきらめちゃった!?」
 「……………。」
シュイーンッ。
 突然、美樹の手から、細く鋭い剣が伸びる。
 ……突然そんな物騒なっ!!
 「うわわわわっ!?」
 とっさにカバンに手が伸びて、取り出したのはなんとノコギリ!
ガチィィィンッ!ガンッ!
パキィィィッ!
 うそっ!?ノコギリなんか折れるのっ!?
 破片が飛んで、あたいのほっぺに血の筋をつくる。
 さらにもう一撃、今度はあたいにゃ武器なし!?
ヒュンッ!
 「わ、うわわっ、」
 今度は上着がさっくりと切れて、右側がずり落ちた。
 「卑怯よっ、丸腰のあたいに武器なんか使うなんてっ!」
 よく考えたらノコギリなんかあったんだから、ぜったい丸腰じゃないけど。
 あたいは美樹に迫られて、ゆっくりと退く。
 ……背中に、鉄の棒の感触。
 もしかして、これって欄干!?ぎりぎりまで追い詰められちゃった!?
 しかも、美樹は表情すら変えず、すでに剣を振り上げてた。
 や、ヤバっ!?
 「うあああああっ!」
 あたいは覚悟を決め、欄干についた右手にありったけの力をこめて体を持ち上げた。
 冬の川の水は冷たいだろうから、どれだけ耐えられるか知れたもんじゃない。
 けれど、あの場で真っ二つになって、グロい惨殺死体になり果てるのだけはイヤ!
ドッポーン………
 ……あれ?
 なんだかあったかい。川の水が。そんなはずないんだけど……
 しかも、水の中のはずなのに息もできる。
 もしかして、これもやっぱり水の精のおかげなのかもしれない。
 ……持つべきものはトモダチねっ。
 とにかく、あたいはそのまま川底に潜ったまま、しばらく動かずにいた。
 美樹に溺れ死んだように見せかけないといけないし、それに……
 ……何となくあったかくて、気持ちよかったから……
 そして、時間の感覚もそろそろ麻痺し始めるころに。
 あたいは水から上がり、寒い中家路を急いだ。
……………
ガチャッ。
 「ただいまーっ!母さーん、着替え!」
 しーん。
 あ、そうか。今日はお母さんは忘年会で、お父さんは残業だったっけ。
 でも、ドアが開いてて、電気がついてるのはなぜだろ。
 悩んでいるうちにカゼをひきそうなので、あたいはぼとぼとになったうえに大きく引き裂かれた服を引きずって、タンスの前に行こうと居間の引き戸を開けた。
ガラガラガラ。
 「うわっ!?」
 「お邪魔してるわよ。」
 そこでは、あのシャルム先生とダンディ男が、そろってコタツに足をつっこんでた。
 「…あーあ、そんなにぼとぼとになって。ドジって川に落ちたのね。」
 「違うわよっ!帰りにアイツに襲われたんじゃない!そこの橋の真ん中で!」
 「……何だと。」
 押し殺すような低い声で、例の男の人が言う。
 「……行くぞ、シャルム。」
 「ちょ、ちょっと待ちなさいよっ!」
 そして、また前のように宙に浮いたかと思うと……
 2人は同時に、ふっ、と、虚空に消えた。
 「……何なの?……いったい……」
 シャルム先生の方はさておき、もう一人は名前すら聞いてない。
 あたいは、しばらく呆然とそこに立っていた。
 そして、玄関にカギをかけると、パジャマ姿に着替えてコタツにもぐりこんだ。
 「もう、いや……こんなの……」
 さすがに、これ以上の厄介事には会いたくなかった。
 そのまま、カーペットにほっぺの血がくっつくのも気にせず、お父さんが帰ってくるまで眠りこけた……
……………
 次の日。
 なんとかふらふらと学校にたどりついたあたいだけど、すでにもう体力なんかない。
 かろうじて机にひじをついて、もたせかけるようにして上半身を支えてる。
 「おい、何だよそりゃ。」
 良昭クンは、じっとあたいの顔を見ている。
 「どこぞの逆刃刀持った流浪人のつもりか!?」
 「んなわけないでしょが!ホンモノのケガよ、本物の!ヤクザみたいに見えそうで、これでも気にしてるのよっ!」
 かなり恥ずかしいことに、ほっぺの傷が固まったのはいいけれど、それが筋のように残っちゃって、ヤクザの子分状態。
 良昭クンの言ったように、某流浪人に見えるんなら、いいかもしんないけど……
 「そこにサングラスかけてタバコふかしたらよりヤクザに近づくぞ、よかったな。」
 「いいわけないでしょが!」
 普通ならここで怒り狂って良昭クンを持ち上げたあげく、強力ロケットでも付けて超音速世界一周旅行でもさせるところだけど、生憎ロケットがない……んじゃなく、昨日の事件でバテきっていて、全くやる気が起こらない。
 ああー……体がめっちゃくちゃ重い……
 「……元気ないな、いつもみたいに。」
 「そうよ……って、元はといえば良昭クンがあんなゲーム買ったから悪いんでしょうがっ!」
 「とすると、昨日あいつが現れたのか!?」
 「それくらいさっさと気づきなさいよっ!!」
 むかむかむか、と、どんどんイラつきがこみあげてくる。けれど、それ以上に頭痛とかが激しくて、まともに考えることもできない。
 「なら、その傷は……」
 「…ノコギリ折られて、その破片でついたの。」
 いずれ事情をちゃんと話さないといけないだろうけど、今のあたいにはこれが精一杯。
 「うん、だいたい事情は飲み込めた。」
 「……どんなふうによ。」
 「アイツと日曜大工やってて、真里がドジってノコギリ吹っ飛ばした。」
 「どこからそういう結論が出てくるわけ!?」
 気合を入れてそう叫んだら、何だか目の前がぼやーっとしてきた。
ふらっ。
 「おい真里っ!?」
 意識が突然遠のきかけたあたいを、良昭クンはちゃんと支えてくれた。
 「どうしたんだ!?突然倒れかけたりして!」
 「……なんだか……風邪ひいちゃったかな……」
 頭のなかがぼやーっとしてる。熱が出ているのは確か。
 「とにかく、事情は後だ!保健室、行けるか!?」
 「できたらこの場で寝っころがりたいの……」
 「無茶なこと言うなよっ!おーい、誰か手伝ってくれ!真里の奴がヤバい!」
 ……良昭クン……ありがと………
 そこからしばらくの間、あたいの記憶はない。
 たぶん、眠っちゃったんだろうけど、あたいが倒れそうになるなんてね……
……………
 「真里さんが倒れた!?」
がたっ、ごしゃーんっ!
 シレスト……いや、ここではセシーリア……があまりにも勢いよく立ち上がったもんだから、職員室のイスは勢いよくコケて盛大な音を出し、周囲の視線が集まる。
 「……まあ、今は保健室でぐっすり眠っているから、大丈夫そうだけども…」
 「そうですか……」
 心配そうに、どんよりと曇った外の空を見つめる。
 「……何があったのか、知りませんか。」
 「いや、それが……聞き出す前に、あいつ、ぶっ倒れて。ただ、怪我するようなひどい事態に出会ったのは確実だと思う…」
 「うーん……あいにく、ウイルスや細菌性の病気は、魔術では……」
 「ただの風邪だから。あいつのことだからバファリンでも飲ませときゃ…うーん、エルフだからもしかして木の葉っぱをたらふく食わせるとか…」
 「真里さんはコアラですかっ!?」
 怪物的な回復力を持つ真里のことだから。
 良昭はそう考えていたが、生憎、真里の体力は限界まで衰弱しているぞ。
 「ともかく、いくらでも風邪薬ぐらいはありますけど……ちょっと待って下さい、もしかして、今真里さん1人ですか!?」
 「え、あ、まあ。眠ってたから…」
 「……!」
 何も言わずに、職員室の扉に向かってどたどたと走るシレスト。それを良昭が必死で追う。
 「ちょ、先生っ、」
 「早く!こんなときに1人にしておいたら!」
……………
 あー……なんだかまだあたまがぼやーっとする……
 目をつぶってるっていうのに、何だか昨日のことが映ってるし……
 それになんだかめちゃくちゃ体が重いし……
 まるで悪魔に体力を吸い尽くされたみたい……
 ……悪魔……?
 体はそのままの状態で、薄目を開けてベッドのそばをちらりと見る。
 誰かいる、良昭クン?
 女の人?もしかしてシレスト先生?
 ……違う、なんかちょっと小柄だし、同級生みたいな感じが……
 「……うわっ!!」
ごろごろ、どたっ!!
ぐさぁぁぁぁぁっ!ガラァァァァンッ!
 さっきまであたいの眠っていたベッドは、中程まで真っ二つに切られて、支えの鉄パイプが落ちて大音響を発した。
じゅうぅ……
 そして、さらに壊れたパイプの破片はとけていく。
 もしかして、あのゼリーおばけもまたいるとか!?
 「最悪、こんなトコにまで出てくるなんて!?」
 あたいの人並み外れた(野獣的)勘で、ごろごろと廊下側にころがっていなけりゃ、胴の断面がべろんと見える怪奇なエルフの活け造りになるとこだった。
 いやー、危ない危ない。
 「……あたい、風邪ひいてるんだから今日は定休日いぃぃぃっ!?」
しゅんっ!!
 振り下ろした状態から、すくいあげるようにして残り半分のベッドも斬る!
ズシャーァァァァン!!
 なんとも丈夫な剣らしく、金属を2回も斬ってるのに、切れ味さっぱり。
 もしかして、包丁にして売り出したら、大儲け???
 「ば、馬鹿っ、学校の備品壊したらシレスト先生がうるさいのよっ!?」
 「そんなもの、知らない。」
 美樹は、素早く剣を構え直すと、腰が抜けた状態で立てないあたいの方へ近づいてきた。
 「ちゃ、ちゃんと弁償しなさいよっ!!」
 こんな肝心なときに、あたいの体は言うことを聞かない。
 「だいたい、良昭クンを狙ってるのかどうか知らないけど、あんたなんかに揺らされちゃう男じゃないもん、」
 「だったら、どうして良昭さんは、あのゲームをやっていたの……?」
 あたいがまるで無防備なことを悟り、余裕の表情で詰め寄る。
 「ゲームぐらい、やるじゃない、普通。それに…」
 あたいは、美樹を精一杯にらみつけた。
 「…どうしたって、その体は、二次元のキャラを無理矢理三次元化したもの。無理が出て当然だし……だいたいなんで『良昭クン』なわけ?」
 「それは、言えない。」
 「言っちゃいなさいよ。それとも、このことを利用して、何かやらかすつもり?」
 返事の代わりに、剣を勢い良く振り上げる!
 な、なんか短絡的だし!それにおきまりのパターンだし!!
 どうせパターンどおりやるなら、ここで助けの一人や二人来てくれてもいいのに!
 ……そう、思っていると……
 「……いちいちこんなとこまで来て、ライバル殺しか?」
 正義の味方良昭レンジャーが、仲間を連れてやって来た。
 「良昭クン!やっぱし!さすがあたいの下僕だけあるわっ!!」
 「誰が下僕だっ!」
 ……しかも、シレスト先生にシャルム先生、ついでにダンディ男も連れて。

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