+-----続学園物語-----+

 


続学園物語
 

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・第五章 修羅と羅刹

 そこには大きな池があった。赤く濁った血の池が。幾つもの死体が積み重なっているその中に返り血で衣を真っ赤に染めた男が一人立っていた。
 「お、鬼……剣鬼だ……。」
 その様は、紅い衣に身を包んだ鬼神のようでもあり、淡い輝きを放って、血を滴らせている刀は魔性の力を人々に感じさせた。

 ずしゃあぁっ!!

 また一人、紅い雫を噴き上げて地に沈んだ。
 断末魔すらなく、己の死すら気付かぬまま。
「……ふん、ざっとこんなもんか?」
 男は足元に転がってる命の無いモノを蹴り退け、もう一人の男のもとに歩み寄った。
 「さて、あいつらと合流しないとな。」
 もう一人の男のまわりにも多くの者が倒れてはいるが、一人として今の時点では死んではいない。
 「相沢殿……何も殺す必要は無かったのではありませんか?」
 もう一人の男、岸窪三郎が相沢の足元に転がってある大量の肉塊を見て言った。
 「いや、かなりの使い手ばかりで、峰打ちなどする暇も無かったものでな。」
 相沢はその肉塊の纏っていた衣をはぎ取り、刀についた血を拭き取りながら答えた。
 「……そう…ですか。」
 …その剣腕は素晴らしいと思う。拙者の太刀打ちできないほどの強さと速さを持っている。剣豪武蔵にも勝るとも劣らないかもしれない。そうは思うのだが、彼の秘められた残虐性にはついていけないところがある。
 「それより、相沢殿。その格好では………。」
 「ん? …あぁ、このままの格好じゃ流石にやばいな。」
 相沢は自分が紅く染まっているのに気付くと、顔をしかめて言い、前にしたように真言を唱え始めた。
 みるみるうちに返り血が薄れていく。ほんの数秒のうちに全くもとのままの格好に戻った。
 「どうだ? なかなか便利なもんだろ?」
 「はぁ、まぁ。」
 ……なんだか、法力って思っていたのと違って、世俗的な事が多いような気がする。
 「…さて…岸窪殿、一つ頼めるかな。」
 相沢が表情は穏やかだが、凄味をきかせて言った。
 「な、何ですか?」
 氷のような鋭い眼差しに全身を貫かれたような重圧感を感じる。……これが『眼力』と言うものなのか?
 「一足先に旅籠に戻って村尾たちを待っていてくれ。俺はこれから寄る所がある。」
 そういうと、返事も聞かずにさっさと行ってしまった。同時に全身から束縛が消えて、身体が急に軽くなった。
 だから
「……別にいいですけど。」
 と、寂しくひとり言を言うしかなかった。


 「ここか……。」
 相沢が足を止めたのは大村加卜の屋敷……とはお世辞にも言えない『あばら家』だった。
 「……御免。」
 相手の返事も聞かず図々しく奥まで入っていく。
 「何奴!!」
 途中弟子と思われる輩が数人相沢を制止しようとしたが、一刀のもとに叩き伏せられた。(何故切らなかったのかは謎である)
 「邪魔をするな。この三一が。用があるのは手前らじゃない。」
 一番奥の部屋。さらに簾の向こうにそいつは居た。
 「乱暴な奴だな。儂を大村加卜と知っての狼藉か?」
 嗄れた声が、簾の向こうから問いかける
 「無論。」
 そう言うや否や相沢は両者の間にある障壁を切り裂いた。
 「……ほう、お主……邪悪な目をしておる。」
 「……そう思うなら貴公の目は節穴だ。」
 相沢の前に出てきたのは、かなり歳のくった老人。相沢と同じくらいの鋭い眼光、おそらく大村加卜。
 「時間がない、要件を言う。……鬼を切る剣を俺に打て。」
 老人がにやりと笑って言う。
 「……若造が…大きく出たな。鬼を切るだと? 何をわざわざ言いに来たのかと思えば…くくっ…鬼とはな。」
 「どうした? 何がおかしい。無理な注文だったか?」
 「馬鹿なっ! 大村の剣で鬼ごときが切れぬものなど一つもないわ!!」
 「なら打て。貴公自身で俺のために。」
 「なんだと?」
 老人の顔が歪む。
 「ここ数年の大村の剣は全て弟子の打った代作に過ぎん。貴公の創る大村の剣はあれ如きのものではないはず。」
 「そういうお前は儂の創った剣を使いこなして鬼を切ることが出来るというのか?」
 老人がせせら笑う。
 「出来る。」
 「出来るはずがない!」
 「貴公の打った剣があれば必ず出来る。だが、紛い物の大村では鬼の皮膚に傷すらつけられん。」
 納刀しながら、相沢の表情に勝ち誇った笑みが生まれる。
 「……鬼など……。」
 「……いるのだ。時間もない。打ってくれるか? それとも正宗より優れているというのは嘘なのか?」
 老人は微かに口許をゆがめ言った。
 「…よかろう。最後の大村の剣を貴様に打とう。」


「……と、言うわけで、これが『鬼を切る刀』ってわけね。」
 「……なにが、『と、言うわけ』なんだよ。」
 目の淵に青痣をこしらえて言う良昭。まーた真里になんかやったな?(やられた?)
「ま、気にしない、気にしない。…それより由克たちと合流しなきゃいけないんでしょ? 急いでよぉっ。」
 「お前なぁ、俺、今、刀何本も持ってんだぞっ。身軽なお前とは違うんだよっ!」
 そればかりかあの近所で(鬼退治する噂を聞いて)貰った様々な荷物は全て良昭が担いでいる。(なかには地蔵をくれた人もいたが流石に断った。)
 「か弱い乙女にそんな物を持たせるってぇの?」
 真里が目を潤ませて言う。
 「……お、…お前、多重人格だろ。」
 「そ、女だもの。」
 真里が後ろ歩きのまま笑う。
 ……と、良昭の視界に岸窪が映った。
 「……あら? 岸窪様。ご無事だったのですね。」
 岸窪を見つけ、良昭を見捨てて駆けていく真里。
 「真里殿。無事でしたか。…な、なんですかその、良昭殿の荷物は!?」
 自分の倍以上の荷物を担いで、こちらに懸命に向かってくる良昭を見て思わず後ずさる岸窪。
 「あ、気にする事はございませんわ。……あら? ……相沢様は? ……一緒ではないのですか?」
 「宿で待つように、ご自分は寄るところがあると。」
 「なんだ? ……刀なら有るのに。……ほら。」
 良昭がそう言って一振りの刀を差し出した。
 「……これは?」
 岸窪が訊ねる。
 「親切なご老人が、打ってくださった物です。」
 「………………。」
 真剣な表情でじっと剣を見つめ、一呼吸をいれてからおもむろに抜いた。

 しゃんっ

 鞘内を駆ける刃の奏でる快い音が静かな朝の町に響く。………そしてその刃には四十八の梵字。そして茎には『乕徹』の名が刻まれてあった。
 「……岸窪様、なんと書いてあるのですか?」
 「梵字だ。孔○雀王とかに出てくるよな。」
 こら、文字が隠れてないじゃないか。
 「えっと、確か……帰命普遍金剛諸不動明王…だと。」
 「のーまく、さらまんだー、ばさらだんかん?」
 ぽんぽんっと、良昭の肩を叩いて「のんのん」とか「ちっちっち」とか言う風に指を振って真里が言う。
 「違います、良昭様。脳膜左腕駄場沙羅団患ですわ。」
 岸窪が顔をしかめて言う。
 「どちらかと言えば、村尾殿の方が近いですね。ナウマクサマンダバサラダンカン。……でも、こう言うのは貴方がたの方が詳しいのでは?」
 「………あ、それはぁ……そのぅ。」
 「俺達、密教系じゃないから。……多分。」
 「それよりも、『虎徹』よく手に入れられましたね。」
 岸窪が感嘆の混じった声で問う。
 成る程。……あの爺さん長曽根乕徹だったんか。
 「……まあ、俺の人徳というか。何というか。」
 「………………。」
 普段なら良昭を張り飛ばして、
 「何言ってんのよっ! あたいの魅力のお陰に決まってんじゃないのっっ!! あんな爺ィなんて、ちょぅと耳元で『おじさまって、す・て・き』って息吹き掛けりゃ、いっくらでも『作らせて戴きます姫様。』ってなもんよっっ!」
 ……とか言っただろうが、岸窪の前ということもあって、必死に衝動を押さえている。(そこまでは言わんか。)
 「とにかく、一振り目の剣は手に入った……と、言う事ですね。後は、相沢殿の帰ってくるのを待つだけです。」

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